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06/15/2004

「がんばらない宣言 いわて。」vs「がんばろう岩手!」

がんばろう岩手!「がんばらない」に異議

情報元:スベスベマンジュウガニ 2004.6.4
 「がんばらない」は努力の否定だ-。岩手県のキャッチコピー「がんばらない宣言いわて」に対抗し、地元企業の経営者らが4日、盛岡市内で力強い岩手を全国にアピールしようと「がんばろう岩手!」講演会を開き、県の「がんばらない宣言」に異議を唱えた。

ふつうに考えたら、「がんばることはしんどいことである」というのが常識的概念であろう。そう思う人がどれくらいの多数派なのかはわからないが、そう思わない人も確実に存在する。
つまり、「がんばると落ち着く」「がんばることは気持ちいい」という人たちである。

部屋が散らかるととにかく掃除をしないと気が済まない人。食べ物をきれいに平らげないと気が済まない人。ひとつのことが終わらないと次へ進めない人。今日できることは明日にのばせない人。ものごとが予定通り進まないと気が済まない人。とにかく結論を急ぐ人。

東洋医学では、そういうキャラクターの人を「肝実」という。
まぁ、誰の身の回りにも1人はいそうな性格類型である。

このタイプの人たちにとっては、達成感の水準を高く保ち、がんばることが精神的緊張の緩和要因となる。
逆に、「ゆっくりマイペース」とか、「のんびりいこうよ」とか「なんとかなるさ」とかいった、他者依存的・状況依存的な状態はかえって精神的緊張を増し、ストレスを生じる結果になる。
「がんばらない」ことを県から押しつけられるなんて、このタイプの人たちとっては、もってのほか、言語道断である。

さらにくわえて、肝実タイプは激昂しやすく、怒りやすいとされており、声も大きいので、人々の耳目を集めやすい。だから、こうしてニュースになっている。東洋医学的に考えると、このニュースの話の筋がよくよく納得できるのである。

肝実タイプの人に「がんばらない」美徳を説いても逆効果である。たとえ、それを強いたとしても、肝実タイプの人からすれば「がんばってがんばらないようにする」という訳のわからない話になってしまう。岩手県の「がんばらない宣言」担当者はそれを理解していない。

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