03/26/2006

プロ野球開幕

関西アニメ系の管理人さんからコメントをもらった

そういえば、また関西アニメ系さんにお世話になる季節がやってきたのだなぁ。

深夜アニメをチェックしたい。しかし、録画予約をセットして自分はさっさと寝たい。

今週までは何も考えず、そのままテレビ欄を信じていれば良かったが、もうすぐプロ野球が開幕してしまうので、中継時間延長により深夜アニメの時間帯が後ろにズレ始める。
そんな日は野球中継の延長具合を確認しておかないと録画予定が激しく崩壊して翌朝泣くことになる。

関西アニメ系さんは、深夜アニメ放送時間の変更情報を詳細かつこまめに知らせてくれる、ありがたい奇特なblog。その情報のおかげで、録画予約をセットし直して枕を高くして寝られます。
管理ビトさま、ありがとう。今年もお世話になります。

あたくし、プロ野球も大相撲もJリーグもまったく興味ない。というかスポーツ中継はぜんぶ。
プロ野球ファンには当たり前の放送時間延長だろうが、見ない者にとっては迷惑としか感じられない。

そう言えば、このあいだのトリノ五輪のカーリングをテレビで見たのがここ何年の間で唯一のスポーツ観戦。あれはおもしろかった。
関連:『考えて欲しいNHKのカーリング』 - 武田薫のフジテレビ・スポーツコラム

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12/07/2005

萌え概念の成立

20年後のコンテンツビジネスでは“萌え”が当たり前のものに?! -萌えてはいけない。

。『うる星やつら』と同じ'80年代の代表作『タッチ』も「萌え」ではない。が、'90年代の『美少女戦士セーラームーン』と『カードキャプターさくら』になると、もう完全に「萌え」の範疇。特に後者はストライクど真ん中だろうという話である。が、さらに'00年代に入って『もえがく』や『デ・ジ・キャラット』になると、行きすぎていて、ついて行けない人が出てきているという具合である。

「萌え」という概念が
「うる星やつら」「タッチ」以降、
「セーラームーン」「カードキャプターさくら」以前
に生まれた、というのは示唆に富むなぁ。

で、一般人にドン引きされたのが「デ・ジ・キャラット」以降、というのも、なるほどと思う。

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11/16/2004

メイド喫茶としてのケーニヒスクローネ

新月を探してさんに「メイドネタ」としてケーニヒスクローネの話(神戸の喫茶店)が紹介されていた。

ケーニヒスクローネというのは神戸の洋菓子屋さん。喫茶店を併設している店舗もある。神戸じゅうに店舗があって神戸市民ならいやというほどおなじみのお店。うちのちかくにもある。
壷入りケーキとか、もうやめちゃったみたいだけど、コーヒーを鉄瓶でサービスするなどの他にないユニークな和風テイストを発揮している。

ケーニヒスクローネは神戸市民の生活に密着しているし、私のメイド萌え属性値はゼロなのでいままで何とも思わなかったが、たしかに「メイド喫茶」という観点から見れば、あの上品な制服は注目に値するのだろうと、思わず納得してしまった。

見慣れたものに新たな価値があることを知って、ちょっと得した気分。

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04/11/2004

クレヨンしんちゃん

劇場版クレヨンしんちゃん「嵐を呼ぶモーレツ!大人帝国の逆襲」は、大人達を洗脳し子供時代にかえらせ、日本を古き良き20世紀に戻す野望を持った秘密結社と、しんちゃん達が戦うという物語。
子供ではなく親たちの心をつかみ、大人が突然映画館の中で号泣してしまうアニメとしてちょっと話題になった。
その中に次のようなシーンがある。

野原ひろし(しんちゃんの父)は、悪の結社イエスタデイ・ワンスモアにより暗示をかけられ、子供にかえってしまっている。
ひろしの子供の頃の回想シーン。
場面は1970年の大阪万博に飛ぶ。5歳くらいのひろしの胸に万博の迷子ワッペンがついている。蝶のデザインの迷子ワッペンの大写し。

ひろし:(半泣きになって)「やだやだぁ、オラ月の石見たいよぉー。」

ひろしの父:「ひろし、おめえもわからねぇ奴だなぁ。3時間も並んで石っころ見たってしょうがなかっぺぇ。それよか、他のパビリオン行って、かわいこちゃんのコンパニオン見た方がいいじゃなぃ~?」

ひろしの母:「父ちゃん!子供に何言うの!」

ひろし:(さらに泣きそうになって)「ただの石じゃないもん!月の石だもん!アポロが取ってきたんだもん!」(涙をこぼす)

迷子ワッペンとは、来場した子供全員に配られたもので、迷子になった時のために胸に付けておくことになっていた。通し番号がついており、その番号で子供の情報が検索できたのだと思う。)

ひろしの胸の迷子ワッペンを見た瞬間、自分も同じ蝶の形をした迷子ワッペンを、万博に行った記念として引き出しに大切にしまっていたことを思い出した。あれは私の宝物だった。
その迷子ワッペンが、押し込めていた私の過去の記憶の扉を開いた。どうやらその時、私の心の一部が子供に戻ったようだ。

そういえば、自分もアメリカ館の月の石をめちゃくちゃ楽しみにしていたのに、あまりに行列が長くて両親が並ぶのを嫌がり、アメリカ館を見るのはやめると言われて泣く泣くあきらめたことを思い出した。私は良い子を演じることで親の気を引くタイプの子供だったので、一生懸命我慢して月の石が見られないことを必死に納得しようとしたけど、やっぱりすごく悲しかったことを思い出して、急に泣けてきた。

そう、あれは決してただの石なんかじゃなかった。
親たちにはそう見えたかも知れないが。

良い子を演じてしまったことで抑圧し犠牲にしてきたいろいろな「月の石」を自分は今でもあきらめきれず、切望し、追い求めている気がする。

すでに気づいている大人も多いようだが、ぐさっと胸に突き刺さる「クレヨンしんちゃん」を子供向けと即断するのは浅はかなことである。

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